MY HERO’S INTERVIEW

現在、人気美容家としてご活躍の深澤亜希さん。透明感のある素肌にしなやかな美貌、それに伴った強い意志のある素敵な女性です。
誰もがあこがれを持つ理想の女性像。ここへ至った彼女の生い立ちからお伺いしたいと思います。


GUEST プロフィール
深澤亜希 Aki Fukasawa
1977年生まれ。幼少期をタイで過ごし、高校はアメリカへ留学。現在は、書籍の執筆、女性誌やTVなど各メディアへの出演、 広告への出演・監修、化粧品会社・美容施設のコンサルティング、商品開発、またアジアでも書籍を出版、イベント出演、など幅広く活躍。
【著書】
「白ツヤたまご肌のつくりかた シミのできない魔法の美白ルール40」(三空出版)
「7日間で恋もキレイも手に入る! 魔法の美人プログラム」(大和書房)など。
今月新刊が発売予定。

MY HERO’S INTERVIEW

Vol.1『ビューティの基本』

立河宜子(以下、立河):今日はよろしくお願いします。早速ですが、プロフィールに幼少期をタイで過ごされ、その後はアメリカでとありました。タイは何歳から行っていたの?

深澤亜希(以下深澤):父の仕事で幼稚園の年長さんから小学校4年生くらいまでですね。約4年くらいいました。アメリカは高校生の時です。

立河:タイ語も話せるように?

深澤:それが、タイは日本社会が出来上がっているんです。当時では、日本人学校の規模が確かアジア2番目に大きく、1番はシンガポールだったと思います。なので、日本語で生活をしていました。ただ近所には、タイ人、中国人、インド人など、色々な人種の子たちがいて、よく遊んでいました。

立河:タイはビューティも目覚ましい発展をしているし、いい国ですよね。今年、タイに行くという話をしたら、美味しいレストランを教えてくださって。あまりの美味しさに2回も行ってしまいました。(笑) その節はありがとう。

そして一旦帰国して、日本の小学・中学を卒業後、高校からアメリカへ?

深澤:そうなんです。これも父の仕事の関係で、家族で移住していました。

立河:英語は勉強してから行ったの?

深澤:まったくしないで行きました。向こうでいきなりポンっと飛び込んで。英語もわからず、最初はすごーく大変でした。(笑)
実は父に着いて行った理由も単純で、すごく英語を勉強したいとか留学したいという意思があったわけではなくて、日本の校則が嫌だったんです。 「みんなと同じ制服を着る」とか「みんなと同じ靴をはく」とか、どうしても守れない…、意味が分からない…、という感覚だったんです。(笑)
そこで父がアメリカへの赴任が決まったので、英語はまったくわからなかったけれどとにかく行こう!と。自由を求めて飛び立ちました。

立河:そうは言っても、言葉も通じない、文化も違う中に突然行くって不安じゃなかった?

深澤:日本の学校の校則が嫌だという気持ちの方が強くて、アメリカでの生活を不安に思うよりそれが勝っていたんです。(笑) クラスメイトは私の他にアジア人はいなかったんです。 アトランタの学校だったので留学生自体が珍しい存在で、先生たちもどう扱っていいのかわからないって感じでした。(笑)

立河:亜希ちゃんは見かけによらず、本当に強いですよね。(笑)ところで私が高校生の時代って、アメリカの女子は、もうすでにメイクしていたりして、“ませてる”ってイメージだったの。私の通っていた学校は、校則が厳しくて学校にお化粧していくなんてありえない環境だったから。亜希ちゃんが通ってたアメリカの同級生もメイクしていた?

深澤:クラスメイトはしてましたね。でも私はしませんでした。

立河:へえ、どうして?

深澤:当時は、メイクはまだ興味がなかったですね。
人と同じことをするのがとても苦手、という感覚もありました。 ティーンエージャーたちの間で流行っていたデニムにリュックというスタイルも真似せず、コンサバスタイルにヒールで通ってました。浮いていましたね。(笑)

立河:ハイスクールの女の子たちがあんなに早くメイクをするのはどうしてなんだろう?

深澤:アメリカの子たちは、自我が目覚めるのが早いんじゃないでしょうか?若いころから既に自己が確立している、というのもあると思います。

立河:きっとお母さんたちの影響もあるんでしょうね。

深澤:そうですね。自分をいかに魅力的に見せるか、ということに積極的です。 日本の女の子は割とタレントさんやモデルさんの真似から入りますが、アメリカの女の子は、高校生でももう”自分”をしっかり持ってる気がします。 自分は何が似合うかとか、自分はこう、というのがはっきりしてますね。 それは、ビューティの基本でもありますよね。

立河:それがビューティの基本!なるほど!

深澤:私が好きな作家さんの言葉で「ありのままの自分でいい。でもそれを魅力的に見せた人が勝ちよ」というフレーズがあります。 日本でもネット社会になり、以前はテレビがマスの文化だったから、誰かが“これ”、というと、みんな“それ”、みたいになっていましたが、最近では情報が多い分、どんどん細分化されています。結局みんな、自分というものに気づき始めて、例えばビューティで、「これがいい」と言っても爆発的に売れる時代は終わり、人が薦めるものではなくて「私に合うものが欲しい」と思うようにシフトしてきています。みんな自分に合った、それぞれの美しさに出会える、いい時代になってきたんじゃないかなと思います。

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立河:なるほど。マスコミ、広告の宣伝文句に惑わされにくくなってきたということですね。

深澤:そうですね。自分に合うものを見つけるということが、きれいになる大きな一歩です!

立河:とはいえね、自分に合うもの、を見つける方法?これで皆さん悩んでいるんじゃないかと思うの。

深澤:それですよね。じゃあどうやってみつけるの?というとそれは、最終的には、自分に合うお化粧品は自分の肌しか知りません。

お化粧品は、使ってみないとどうしても分からないので、20代の早いうちからトライアンドエラーを繰り返しながら見つけていくことが、遠回りのようで、近道になります。 30代40代になってくると、どうしてもリカバーすることに時間がかかるので、もし間違えた場合に立て直すのが大変。 なので、できるだけ20代のうちに色々試して、私の肌はこうなんだな、こういうものを使うとこうなる、ということを学んでいくと、それは後に、自分の美しさをつくる大きな財産になります。

立河:確かに。年齢はもちろん、季節や生理周期などの影響で日々肌の状態は違うもの。早いうちに自分の肌質を理解しておくことで、年齢を重ねていく自分の肌と付き合いやすくなりますね。 とはいえ、やっぱり自分に合うものをみつけるためには、広告や宣伝などを参考にすると思うんですよね。 特に情報過多なこの時代。。一番参考にするといいものって何ですか?

深澤:ひとつは、皮膚科医や、美容の専門家の意見を参考にするといいと思います。とくに専門家の方は、自分と同じような年代で肌質が似ている方のお話は参考になりますよね。 例えば、”乾燥肌”で悩んでいるなら、同じ肌質の美容専門家のアドバイスを参考にするのはおすすめです。 あとは、「男性を選ぶようにお化粧品を選ぶ」というのもひとつの手だと思います。というのは、お化粧品は薬ではありません。 なので、例えば、好みの男性を選ぶ時、人それぞれ好きな外見があるように、化粧品も自分の好みのボトルやパッケージを選ぶ、また、好きな人に触れた時の心地良い感触やにおい、というのがあるように、化粧品も塗った時の好みのテクスチュアーや好きな香りを探す、など、人の好みに合わせるのではなく、自分の五感をフル稼働させて自分が好き! と思えるものを選ぶ。これは、相性の良い運命のコスメに出会えるひとつの手掛かりになります。

立河:それは斬新な選び方!

深澤:そして人って理由はないけれど、”なんか好き”、という感覚もありますよね?これも、コスメ側からのイイメッセージであることもあります。 逆に、すごくいいと言われても、なんか好きになれないというものもありますよね。 それはきっと自分にとって合わないものだと思うんです。そういった感覚をコスメ選びの基準にしてもいいと思います。 そして選んだ後も、どこか彼と付き合う感覚と似てると思うんです。その時のポイントは、コスメを愛して信じて使うこと。 プラシーボ効果というのがあるように、使う時に例えば“お肌がもっと輝きますように”と願いを込めると、本当にお肌もそれに応えるようにキレイになっていくことがあります。 間違えても、コレ本当に効くの? もっと他にイイものがあるんじゃないかな? なんて疑っていると、肌の調子もイマイチ…、となることも。 気持ちのバイブレーションは大事です。

立河:なるほど。恋も化粧品選びも受け身ではなく、積極的に自分に合うものを選び、選んだあとは信じることが大切なんですね。

取材/文 タチカワ ノリコ
Photo : Takeru

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